大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(オ)538号 判決

上告人

アートメタル株式会社

右代表者

戸田倉太郎

上告人

戸田浩司

右両名訴訟代理人

村林隆一

今中利昭

宇多民夫

原田弘

被上告人

深江金属工業株式会社

右代表者

竹内正明

右訴訟代理人

藤原昇

被上告人

株式会社阪急百貨店

右代表者

野田孝

被上告人

鐘紡株式会社

右代表者

伊藤淳二

右両名訴訟代理人

小松正次郎

右訴訟復代理人

小松陽一郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人村林隆一、同今中利昭、同宇多民夫、同原田弘の上告理由について

上告人らの本訴請求は、被上告人らの手芸用糸入れ金属編籠の製造販売行為が上告人戸田の有する登録第五七一一九三号実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)及び上告人アートメタル株式会社の有する実用新案権の独占的な通常実施権を侵害したものであると主張して、被上告人らに対しそれによる損害の賠償を請求するものである。

しかしながら、本件実用新案登録に係る考案が、その登録出願時において新規性を有しなかつたことを理由として右登録を無効とすべき旨の審決の確定したことは、当小法廷が昭和五五年(行ツ)第九号及び同第一〇号各審決取消請求事件につきそれぞれ昭和五五年四月八日に言い渡した判決に徴し、顕著である。そして、このような理由により右実用新案登録を無効とすべき旨の審決が確定した場合において、その実用新案権が初めから存在しなかつたものとみなされることは、実用新案法四一条によつて準用される特許法一二五条本文の規定により明らかである。

したがつて、本件実用新案権が存在することを前提とする上告人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明白であるから、棄却されるべきものがある。してみれば、これと結論を同じくする原審の判断は、結局、正当であることに帰する。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条二項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(寺田治郎 環昌一 横井大三 伊藤正己)

上告代理人村林隆一、同今中利昭、同宇多民夫、同原田弘の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある――三権分立主義に違背するものである。

(一) 原判決は、「当裁判所も、本件実用新案の構成要件……は全てが本件実用新案の登録出願当時既に公知公用であつたものと判断するものであつて、その理由は……原判決理由第四項(三)のうち……のとおりである……」とする。

(二) 第壱審判決によると「成立に争いのない乙第八号証、同第拾壱ないし第拾参号証、公文書であるから真正に成立したと認める乙第拾号証、ならびに検乙第七号証……、検乙第八号証の壱ないし参……検乙第拾弐、拾参号証……によれば訴外大村安正によつて出願され、本件実用新案の登録出願前たる昭和参拾参年拾壱月拾参日にそれぞれ意匠原簿に登録された登録第壱四参壱九七号、同第壱四参壱九八号、同第壱四参参参四号各意匠の願書に添付された図面代用写真にはいずれも、金属様の線杆で編成された食器入れ手提籠で、開口上縁部につぎのような構造を具えたものが示されていることが認められる。すなわち右手提籠の開口上縁部は、編上り最終部分たる縁部の相隣る各編骨杆の各末端が籠の外側から見て口縁沿いに先ず右方へ曲げられ、次いで、口縁内周側を通り左方へ曲げ戻されて掛止環部を有する水平屈曲脚となり、更にその先端が下向きに右方へ曲げ戻されて水平屈曲脚に連なる掛鉤部となり、各編骨杆の水平屈曲脚は隣接編骨杆の掛止環部から挿出されるとともに掛鉤部が該掛止環部に掛止められ、右挿出及び掛止により各編骨杆の末端が連結一体化した編縁となつている。そして、証人大村安正・同山崎正一の各証言によれば、大村安正が専務取締役をしていた訴外庄司貿易株式会社は、右大村によつて前記各意匠登録出願がなされた昭和参拾参年弐月頃から右各意匠の実施品としてアルミ線編みの食器入れ手提籠で前認定の構造の口縁を有するものの製造販売を開始し、昭和参拾参年中に国内においては大阪のパーマン化粧品なる会社に相当数を納入したほか東京方面にも販売し、その製品が銀座の三愛の店頭に陳列されていたこと、右庄司貿易株式会社は右手提籠の製造にあたり籠本体及び口縁部の編成作業を兵庫県城崎郡日高町の柳行李製造業者上村房二郎に請負わせ、上村は更にこれを下請に出し、直接その編成作業に従事した者は多数に上つたが、これらの者の間で前認定の構造の口縁は鎖天場と呼ばれていたことが認められる。

以上によれば、金属線杆をもつて編成する編籠において、その口縁部を前認定の構造のものとする技術は、本件実用新案の登録出願時には既に国内において公知公用となつていたと認定せざるをえない。……」(弐拾六枚目表七行目ないし弐拾七枚目裏九行目)

(三) 然しながら現行実用新案制度は、その権利の付与及び剥奪する権限を行政庁である特許庁長官に与えている。換言すれば、特許庁長官の登録査定によつて実用新案権が付与され、無効審決によつて実用新案権が剥奪されるのである。そして、一旦与えられた権利は無効審決の確定がある迄は有効なものとして取扱われるのである。そうすると、裁判所がその侵害訴訟において公知公用の判断をすることは、特許庁長官の有する前記権限を侵すことになるのである。

ところが、原審は、「裁判所において公知公用の判断をなしえないという理由はない」と判断しているが、積極的になし得るとの理由も付加されていない。

然しながら、右に述べたように、現行法は実用新案に関して前記の制度を採用している。裁判所がその侵害訴訟において公知公用を審理判断することは特許庁長官の前記権限を侵すものであることは明らかである。

(最高裁判所昭和参拾六年(オ)第四六四号、同参拾七年拾弐月七日第弐小法廷判決、民集拾六巻拾弐号弐参弐壱頁は、「もとより、特許無効審判と違つて、権利範囲確認審判においては特許権が有効に成立していることを前提としているのであるから、その審決に関する訴訟においても、特許の内容が公知であるかどうかを論ずることはできない。」と判断している)。従つて原審の右の判断は行政権の権限を侵すものであり、三権分立主義に違背するものである。

二、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある――実用新案法第四拾壱条で準用する特許法第百六拾七条に違反しまた特許庁の無効審判制度を否認するものである。

(一) 本件実用新案については、昭和参拾七年七月弐拾参日に訴外株式会社伊藤商店外参名から旧実用新案法第参条第壱項の所謂出願前から公知又は公用に属するものであるからとの理由で無効審判の請求がなされたが、昭和四拾壱年弐月四日にその請求は成り立たないとの審決がなされ、該審決は確定している(甲第参号証)。

右の審決に於いて訴外人等によつて主張せられたところは、

(イ) 本件実用新案と同一構造の縁組装置を有する金属籠が同実用新案の出願前に兵庫県城崎郡日高地方又は長野県上水内郡戸隠村地方に於いて製作され、訴外庄司貿易株式会社をとおして海外に輸出されると共に国内に於ても広く販売せられていたこと。

(ロ) 本件実用新案と同一構造の縁組装置を有する籠が同実用新案の出願前に国内に於いて公知であつたこと。

(ハ) 昭和参拾参年拾壱月拾参日に登録され、同日以後公然と知り得る状態におかれた意匠登録第壱四参参参四号公報、同第壱四参壱九七号公報、同第壱四参壱九八号公報、にそれぞれ示された手提籠の縁編組装置と本件実用新案とが同一であること。

である。

然るに、特許庁は右の理由を以つて主張せられたところの無効審判はすべて成り立たないとしたのである。即ち、右(イ)に対して「証人山崎正一、同上村房二郎及び同神原貢の証言では、前者と一致する構造の縁編組装置を有する金属籠が前者の出願前国内において公然と製作され、又は公然と販売された事実があるものと認めるわけにはゆかない」

(ロ)に対して「証人山崎正一、同上村房二郎および同神原貢の証言によつては、検甲第壱〜参号証(本件における検甲第九号証ないし検甲第拾壱号証)のものが本件登録実用新案の出願前国内において公然と知られたものであるとすることはできない。

(ハ)に対して、「甲第五号証(本件における乙第拾壱号証)の証言では籠の上縁部の具体的構造が判明しないので、これが前者と一致した構造と認めることはできない。」又、審判における甲第五号証の「拡大写真である甲第弐号証の弐及び参(本件における甲第拾号証の壱・弐)によつても前記籠の縁編組装置の具体的構造は判断できない。」とし、更に「甲第六号証(本件における乙第拾弐号証)及び甲第七号証(本件における乙第拾参号証)各登録意匠の願書に添付された図面代用写真に示された手提籠の縁編組装置からもその具体的構造を判断することができない」としているのである。

(二) また、本件実用新案について、昭和四拾五年四月拾八日に訴外斉藤由造から同じく無効審判の請求がなされたが、昭和五拾年四月弐日に、その請求は成り立たないとの審決がなされ、該審決は確定している(甲第拾四号証の参)。右の審決によると「上記登録意匠の図面代用写真には、その拡大写真である別件昭和参拾七年審判第壱四五六号の甲第五号証と甲第弐号証の弐参を見ても、籠の上縁部の具体的構造が判明しないので、到底この構成から本件登録実用新案の縁編組装置が容易に考案できるものとすることはできない。」としているのである。

(三) 以上のように、特許庁はその無効審判の請求に対して弐度に亘つて無効でないと判断しているのである。然るに、裁判所が之について判断することは実用新案法第四拾壱条により準用される特許法第百六拾七条に違反するものである。

原判決は、この点について、右の規定は「再度の登録無効審判の請求を禁ずる規定であつて……」と判断する。然しながら右の規定は規定そのものとしては原判決の言う通りであるが無効審判と無効審判との間においても、かゝる規定が存在するのに、もともと実用新案を無効にすることの権限を有しない裁判所が、先に無効審判が存在し、無効の理由がないのに、之と反する判断をするのは同条に違反するものであると主張するものである。

(四) 次に、無効審判は、先に述べたように、

(イ) 登録意匠の願書に添付された図面代用写真からは、その構造が具体的に判明しないと弐度に亘つて判断し、従つて、無効の理由がないとしたのに原判決は、その構造を具体的に判断し「無効審決は未だなされていないものと認められる。」と判断しているのである。

然しながら、特許庁は弐度に亘つて、前記のように判断したのに、裁判所が積極的にかゝる判断をするのは無効審判制度を否認することになる。特に、前記無効審決に対しては、東京高等裁判所に対して審決取消の訴が提起出来るのに、かゝる手続を経由せずに、侵害訴訟でかゝる主張をし、判断をすることは特に無効審判制度を否認するものであることは言う迄もない。

そして、原判決は、右のように未だ無効審決はなされていないと判断し、そのこと自体は正しいが、無効の審判は成り立たないとの審決が弐度に亘つてなされているという重大な事実を全く判断の基礎にしていない誤りがある。

(ロ) 公用についても、甲第参号証は認められないとしているのに原判決は之を認めたのである。

この点についても(イ)と全く同様である。

三、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法律違背――実用新案法第弐拾六条、特許法第七拾条――及び理由に齟齬がある。

(一) 原判決によると、一方において「登録実用新案の技術的範囲は、実用新案法(……)第弐拾六条、特許法第七拾条により願書に添付した明細書の実用新案の請求の範囲の記載に基いて定めなければならないものである」とし、従つて、本件考案の構成要件は、上告人両名の主張通り(イ)(ロ)の弐点であると認定している(原判決弐拾弐枚目表(二)(イ)裏(ロ))。然るに、原判決は第弐拾六枚目裏拾壱行目に至つて、「技術的範囲を実用新案公報に記載されている字義どおりの内容をもつものとして最も狭く限定して解釈するのが相当である。すなわち、実用新案の技術的範囲は厳格に記載された実施例と一致する対象に限られ均等物の変換すらも許さないものとして、最も狭く限定すべきである」と判断するに至るのであり、前後全く理由の齟齬があり、且又、前記実用新案法第弐拾六条、特許法第七拾条に違背するものである。

(二) そもそも、実用新案の願書には明細書及び図面を添付し、明細書には考案の名称、図面の簡単な説明、考案の詳細な説明、実用新案登録請求の範開を記載しなければならない。そして、実用新案登録請求の範囲には、考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない(実用新案法第五条)、のである。それは、右の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて実用新案の技術的範囲を定めなければならない(実用新案法第弐拾六条、特許法第七拾条)からである。右が法の予定する基本的原則である。

然るに、原判決は、「実用新案の技術的範囲は厳格に記載された実施例と一致する対象に限られ」るとするのである。右のような技術的範囲は、如何なる根拠によつて定められるのであるか全く原判決の独断であり、前記法の規定に違背するものである。そこで、原判決は、考案は全部公知であるからと言うのであろう。然し、考案が全部公知であれば、当該実用新案は無効とすべきである。ところが、裁判所は無効の判断が出来ないから、右のように判断するというのであろう。然しながら、特許庁は弐回に亘つて、その無効審決によつて公知でない無効でないと判断しているのである。然るに、裁判所が公知であると判断をするからかかる判決をしなければならなくなるのである。

問題は原則に戻すべきであり、原則論から判断すれば、公知は無効である。公知でなければ無効でない。無効でなければ有効であり、有効であれば登録請求の範囲の記載に基づいて技術的範囲を定めなければならない、のである。

この簡明な理論を原判決は混乱せしめ、実施例に限定して、その技術範囲を定めようとするのであるが、それは、実用新案の出願、訂正審判、無効審判、審決取消訴訟という実用新案法の体系を全く取り壊すものであり、全く以つて違法のものである。

依つて、原判決は破毀せられるべきである。

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